プロフィール

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はじめまして。ひとえです。 このブログに、そしてプロフィールページにまで来ていただいたこと、とても嬉しいです。ありがとうございます!

今これを読んでくださっているあなたは、HSP(ハイリ―センシティブパーソン)でしょうか?

それとも、HSPという言葉は知らないけれど肌が敏感だったり着心地や細かい部分にこだわりがある方かもしれませんし、これからの服選びや暮らし方に迷っている方かもしれませんね。

最初にお断りしておくと、このブログはキラキラしたファッションブログではありません。

容姿にもスタイルにもあまり自信がなくて、

若さと勢いで服を着られる年齢でもなくなってきし、

服を選ぶ上でも暮らしの中でも制約が色々ある。

それでもおしゃれが好きで、

流行に流されることなく、

他人からの評価は気にせずに、

あくまで自分自身が心地よいと思える装いで、

うきうきしながらこれからも暮らしたい。

そんなわたしの試行錯誤の毎日、「どうしよう???」と迷いに迷いながらの服選びや思うことを綴るブログです。

HSPで服選びのお悩み持っている人、

HSPのことは知らないけど、細かいこだわりがたくさんある人、

年齢を重ねて身近に同じテンションでおしゃれについて話せる人が見当たらない!という人、

そんなみなさんに読んでもらえたら、とても嬉しいです。

プロフィールでは、わたしのこれまでと、このブログを書き始めるまでについてお話しさせてください。

おしゃれや綺麗なものが大好き!でも・・・

容姿にも体型にも恵まれなかった、美しいものが大好きな女の子

わたしは1976年生まれ。

このプロフィールは43歳の誕生日を迎える2019年の夏に書いています。

記憶にある小学生くらいの頃から、おしゃれや綺麗なものが大好きな子どもでした。

でも残念ながらわたしは、

ぽってりとしたひとえまぶたと細長い顔、

典型的な日本人体系にO脚足。

(ハンドルネーム、「ひとえ」は、ひとえまぶたの一重です)

お世辞にも可愛らしい、美しいとは言えない女の子でした。

今でこそ、そんなイマイチなところを含めて自分の個性だと思えますが、長い間コンプレックスの塊でした。

(もちろん今でも、ここがこうだったら・・・と思うことはたくさんあります!)

だからこそ、なのかもしれませんが、わたしは、女の子の中でもひといちばい美しいものに強く惹かれる子どもでした。

おしゃれにのめり込んだ10代

モデルのはなちゃんに憧れて雑誌「セブンティーン」を読み漁り、おしゃれな友達の影響で古着屋さんに通い詰めるような高校時代でした。

(後に、はなちゃんを真似してスパイラルパーマをかけたほど、好きだったなぁ。

今のベリーショートも可愛い、永遠の憧れ、はなちゃん。)

芸術科から語学、体育科まで、色んな専門科がある高校に通っていて、特に芸術を専攻する友だちのおしゃれさに、圧倒されつつ、刺激を受けていましました。

リーバイスのジーンズ(今はデニムって呼ぶんですよねー)が流行っていて、なかなか高校生には買えない値段だったけれど、古着屋さんを見て歩くのも楽しかったな。

今振り返ってみるとかなり奇抜な服装も、していました。

文系に属しつつも家政科の授業ばかり選択して、浴衣を縫ったり、ブラウスを作ったりしていた高校時代でもありました。

親の強い反対に負けて服飾の道に進めなかったけれど、その後も靴作りの工房へ通ったり、何でも手を動かして作ることが好きです。

服選びの制約に悩む

肌がかゆくて着られない

働き出して使えるお金が増えて、時には服飾費にすべてつぎ込んだりしていました。

でも、好きなものを選べる訳ではなかったのです。

まず、わたしは肌がかゆくなりやすくて、特に麻素材は全くダメ。

ほんのちょっとでも麻が入っていると、かゆみで10分と着ていられません。

でもわたしは麻の質感の見た目が大好きなのです…

だから私は、いいなと思った服はまず、品質表示をチェックします。

そして麻が入っていると(入ってることが多いんです)、未練がましい気持ちを引きずりつつ、商品を棚にもどす時が悲しい…

ウールも肌に直接触れるとダメなので、下に重ねられるか?を基準に選びます。

私は寒がりなのと首が長いのでタートルネックのウールセーターが好きなのですが、必ず下にコットン素材のタートルを重ねて着ます。

これは寒さ対策にはバッチリなのですが、暖房が利いた室内に入ると途端に暑くてつらい!

(子連れでいく施設はだいたいかなり暖かく温度設定されているのです。)

寒さだけでなく暑さを我慢するのも、わたしは苦手です。

だからその日の予定によっては温度調節しやすい服装が必須。

でも重ね着でゴワゴワするのは苦手。(最近の羽織りものは腕がぴったりしているものが多くて、中に合わせる服を選びます…)

そんなこんなで、着ていく場所や温度まで想定しないで買ってしまい、「お気に入りなのに出番がない!」という失敗も数多くしてきました。

着ること、生きること

好みやTPO以外にも細かく考えないといけない事が一杯。

いつも好きな服を着ていたいのに限られた予算の中で、すべての条件を満たす服はそうそうない…

特に子どもが生まれてからは、経済的にも活動の内容的にも、服選びに制限が出ました。

楽しいはずのおしゃれが、面倒でつらいことになった時もありました。

それでも、「なんでもいい」とは思えない自分もいます。

しっくりこない服を着ている日は、どうも気持ちが滅入るのです。

そして反対に、お気に入りのコーディネイトで、着心地も申し分ない日には、なにも特別なことがなくても、心がうきうきします。

やっぱり着るものって大事。

わたしは光野桃さんという方のファッションエッセイが好きなのですが、中でも「着ること、生きること」という本が、そのタイトルからしてとても好きです。

日本では、おしゃれが「ちゃらちゃらしたこと」のように捉えられることがあるように思います。

そして、「おしゃれを楽しむのは若い人と暮らしに余裕がある一部の人がすることだ」というような雰囲気もまだまだ残っていると思うのです。

でも日々着るものを選ぶのは、自分がどんな風に居たいかを選ぶことでもある、とても大切なこと。

それは年齢などに限らずに。

おしゃれって、まさに、「着ること、生きること」だと思います。

HSPだった

HSPを知って楽になった

HSP(ハイリ―センシティブパーソン)という概念をわたしが知ったのは、2018年のこと。

HSPとは、ひといちばい敏感・繊細・感受性が豊かな生まれつきの気質です。

これを知ってから、肌のかゆみ以外にも

「強い光が苦手」

「人の気持ちに影響されやすい」

「大きい音など、ふいのことにものすごく驚く」

「細かいこと(と他人からは言われるようなこと)や、これから起こり得ることをとことん考えてしまう」

そんな、自分が他人とはどうも違う…と感じていたあらゆることが、HSPの特質とピッタリ一致していました。

シャツなど伸縮しない服が苦手で、好きな白シャツが着られない悩みもありましたが(年齢と共に肩こりから頭痛へとひどくなりました。)これも同じ気質の人と話すと「あるある」だったようでした。

ちなみに、暑さや寒さに敏感なのもHSPの特徴の一つにあげられます。

こういう気質があるよ、と知っただけで、わたしは一気に楽になりました。

そして、「すっきりシンプルに」とはいかない複雑な自分を、ありのままでいいと感じられるようになったのです。

HSPは国や性別に関係なく5人に1人程度はいる、と言われています。

決してごくごく稀な気質ではないので、今これを読んでくださっているあなたの身近にもきっといると思うのです。

HSPならではのおしゃれブログを書こう

実は、HSPを知る数か月前に「ブログを書こう!」と思い立ったわたしは、40代のおしゃれや服選びをテーマにしたブログを書いていました。(現在のブログの中にも、当時書いた記事もあります。)

でも、書いていくうちに、わたしならでは(と当時は思っていた)の細かい制約やこだわり満載のおしゃれブログって、誰かの役に立つのかな??と感じるようになってきたのです。

肌がかゆいからこれは着られない…とか

暑さ寒さを我慢できない…とか

重ね着のゴワゴワが…とか

これらを乗り越えながらの(?)服選びのコツって、こんな性質じゃない人にとっては、読んでもめんどくさいだけだよね?!って、なんだか自虐的な気持ちになっていきました…

でも、HSPを知って少なからず同じような人がいるとわかってから考えが変わりました。

「ふつう」のファッションブログには書いていない細かいことが気になる人ならではの服選びの葛藤や楽しみも、もしかしたら同じような悩みをもつ誰かの役に立つかもしれない、と思うようになりました。

ファッションブログはたくさんあるけれど、やっぱり40代のファッションブログとなると数も減ってくる。

色んなバリエーションがあっていいよね、と改めて思いました。

そんな訳で新たにこのブログを書き始めることにしたのです。

こだわりや制約が、その人らしさを作る

HSPでなくても

もちろんHSPでなくても、細かいこだわりがある方はたくさんいるはずです。

ああでもない、こうでもない…と悩み、理想のものを探し求めるのは、時にめんどくさいし、疲れます。

こだわってない人から見たら、「そんなのどっちだって同じじゃん?!」って言われるようなことかもしれません。

それでも、もしかしたら他の人には全くわからないような小さな小さなこだわりの積み重ねや、無かったらいいのにと思う「制約」さえも、その人らしい雰囲気を作っていく要素なんだと、わたしは思います。

いくつになってもおしゃれを楽しみたい

一度、「自分軸が出来た!もう迷わないぞ!」と思っても、また年齢と共に似合う物や心地よいと感じるものが変わってきたりもします。

肩が凝ったり、足が痛くなりやすかったり。

体型が変化したり。

年齢とともに、(またはそれ以外の理由でも)新しい「制約」が出来ることもあります。

でも、そんな風に悩んだり定まったりを繰り返しが、自分ならではの雰囲気が出来上がっていくプロセスだと捉えたら、年齢を重ねるのも悪くないと思えます。

それは、特別に容姿や経済に恵まれた一部の人たちの特権ではないような日本になるといいな、とわたしは思っています。

前述の光野桃さんの本の中に、「田舎のあぜ道を歩いているようなおばあさんにも、スタイルはある」という一節があって、わたしはとても好きです。

特別目立たない、

どこにでもいる、

ひけらかしたり人に素敵に思ってもらうためではなくて、

自分の楽しみのためにおしゃれを楽しんで、

もし褒めてくれる人がいたら素直に「ありがとう」と喜べるような人にわたしはなりたいです。

もう20年以上前、10代の終わりに初めて行ったフランスの田舎で見かけたおじいさんのことを時々思い出します。

そのいでたちは確か、シャツは赤と白の水玉で、ズボンはチェック。

ちょっと日本では見ることのない装いをしているそのおじいさんは、陽気で幸せそうな表情をしていました。

その光景を思い出すとちょっと肩のチカラが抜けて、ついついまだ人にどう思われるか?とか、無難さを意識してしまっている自分に気が付きます。

いくつになってもその人なりのこだわりを持っていることが受け止められて、

自分の好きな服装でいることを笑われたりしない。

それって素敵なことだよね、と好意的に受け止められるような社会になるといいな。

そしていくつになっても出来れば一緒に、色々な制約と小さなこだわりの事を「ああでもない、こうでもない」とおしゃべりし合える友だちがいたら最高だな、と思います。

このブログが、そんな気持ちの人たちとつながれる場になれたら、最高に嬉しいです。

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